順風満帆に見えた二人の関係でしたが、そのスタートは芸能界史上でも屈指の激震を伴うものでした。世間から「略奪婚」と激しくバッシングを受けることとなった背景には、複雑な人間関係とタイミングの問題が存在していました。
徳永有美の元夫と当時の結婚生活
徳永有美は2001年、入社同期であったテレビ朝日のディレクター(当時)と社内結婚していました。しかし、結婚生活は早期にすれ違いが生じ、精神的な孤立を深めていたと報じられています。そうした時期に相談に乗っていたのが内村光良でした。
2003年4月、週刊誌によって内村光良と徳永有美の「温泉旅行密会」がスクープされます。当時まだ婚姻関係が法的に解消されていなかった徳永アナの不倫疑惑として扱われ、メディアは連日この問題をトップニュースとして報じました。
番組降板・テレ朝退社と「出禁」の実情
この報道を受け、徳永有美は担当していた『内村プロデュース』や『スーパーモーニング』などすべての出演番組を降板。テレビ局の社内秩序を乱した責任を問われる形となり、2003年9月には元夫との協議離婚が成立しました。その後、一度はアナウンス業務へ復帰したものの、2005年4月に内村光良との結婚を発表すると同時にテレビ朝日を退社することとなります。
一方の内村光良側にも甚大な影響が及びました。被害者側の立場となった元夫がテレビ朝日の社員であったため、局内のプロデューサー陣や幹部が内村の起用を自粛。いわゆるテレビ朝日への「出禁」状態が長く続くことになりました。看板番組であった『内村プロデュース』も2005年9月をもって終了を余儀なくされ、内村はテレビ朝日でのレギュラー番組を完全に失うという重いペナルティを背負うことになったのです。