駅 竹内 まりや カバーという検索ワードが、いま音楽ファンや若者の間で急上昇している。雨降り立つプラットフォーム、過ぎ去った恋人との予期せぬ再会、そして言葉を交わさぬまま別れる切なさ。1980年代に生み出された一曲のバラードが、デジタル時代の波に乗ってふたたび人々の胸を打っているのだ。
サブスクリプションサービスの浸透によって過去の名曲が時空を超えて聴き継がれる中、駅 竹内 まりや カバーの多様化はとどまる気配を見せない。ベテランのシンガーからSNS発の新世代アーティストまで、それぞれの声と言葉で物語を語り直す試みが続いている。本稿では、この楽曲が辿った数奇なドラマと、現代に息づく新たな魅力を解き明かす。
中森明菜への提供秘話から始まった名曲の屈折した運命
楽曲『駅』の歴史を語る上で外せないのが、1986年にリリースされた中森明菜のアルバム『CRIMSON』である。作詞・作曲を手掛けた竹内まりやは、彼女の陰影あるボーカルスタイルを念頭に置き、マイナーコードの切ないメロディを提供した。しかし、完成したアレンジやボーカルアプローチを巡り、竹内の夫でありプロデューサーでもある山下達郎が強い衝動を覚えたことは有名な逸話だ。
山下は「この楽曲の持つドラマ性と主人公の心情を、もっとドラマチックに表現できるはずだ」と考え、自ら解釈したセルフカバーの制作を竹内に提案。こうして1987年に発表された竹内まりやのアルバム『REQUEST』に彼女自身の歌唱版が収録されることとなった。ワーナーミュージック・ジャパンの前身やムーン・レコードの歴史においても、このアルバムは金字塔として輝き続けている。
徳永英明から世界的シンガーまで:伝説的カバー作品の系譜
提供曲からセルフカバーへという異例の経緯を辿った後、この曲は多くのシンガーにとって挑戦しがいのある「究極のバラード」として定着していった。中でも大きな話題を呼んだのが、徳永英明によるカバーである。彼のヒット作『VOCALIST』シリーズに収録された透明感あふれるハイトーンボイスは、女性目線の歌詞に新たな切なさを吹き込み、男性ボーカルによるカバーの金字塔を打ち立てた。
さらに、国内外のシンガーがそれぞれの言語やスタイルでアプローチを重ねている。かつての歌謡曲という枠組みを超え、現代ではシティ・ポップの隆盛とともにグローバルなリスナーにも親しまれるJ-POPの名曲となった。