なぜ吉田克幸氏は、自ら黄金期を築き上げた吉田カバンを離れる決断を下したのでしょうか。その背景には、「職人の手仕事に回帰したいデザイナー」と「企業規模拡大と効率化を迫られる経営陣」との対立が存在していました。
吉田カバンの大ヒットに伴い、ポーターは全国規模の流通網と膨大なバックオーダーを抱えるメガブランドへと成長しました。組織が巨大化するにつれ、安定供給やコスト管理、生産ラインの効率化が最優先課題となっていきます。しかし、これは「良いものを妥協なく作り、使い手とともに歳を重ねる」という克幸氏の純粋な美学とは次第に乖離していきました。
さらに、克幸氏自身の健康問題(大病の克服)も人生観を大きく揺さぶる契機となりました。「残された時間で、本当に自分が納得できる本物だけを作りたい」という切実な想いが、大量生産・大量流通のレールから降り、息子である吉田玲雄氏とともに独立する決定打となったのです。