盟友であったプロデューサーの石井ふく子と、数々の名セリフを生み出した脚本家の橋田壽賀子。日本のテレビドラマ界を共に創り上げた二人に対し、彼女が最期に遺した言葉は今も語り草となっている。
病状が悪化の一途をたどるなか、病室を訪れた石井ふく子に対して山岡は「ふくちゃん、私、もう一度セリフを言いたい」と消え入るような声で役者への未練を漏らしたという。橋田壽賀子が紡ぐ膨大な長台詞を完璧に叩き込み、一言の淀みもなく発してきたプロフェッショナルが、自らの命の灯火が消えゆく間際に求めたのは、名声でも安息でもなく舞台とカメラの前に立つことだった。自らの死期を悟りながらも、ファンや関係者へ感謝を伝え、一切のみじめさを拒絶して逝った彼女の最期は、役者としての純粋な生き様を物語っている。