江戸の闇を駆ける「鬼の平蔵」こと長谷川平蔵。彼が絶対的な信頼を寄せる密偵たちと顔を合わせる場所が、本所二ツ目にある軍鶏鍋屋「五鉄」だ。表向きはどこにでもある評判の居酒屋だが、その暖簾の奥には長谷川平蔵と元盗人である密偵たちをつなぐ緻密な情報ネットワークのハブが存在する。
五鉄の亭主・三次郎は、かつて平蔵の青年時代(放蕩無頼の「鉄つぁん」と呼ばれていた頃)からの顔なじみという特殊な背景を持つ。この「かつての悪友」という絶妙な関係性が、権力者である長谷川平蔵と下層階級の密偵たちとの落差を自然に埋める緩衝材となっていた。官憲の役所である清水門外の役宅では語れない本音や、市井に潜む盗人の動向が、煮立つ軍鶏鍋の湯気越しに交わされる。五鉄は単なるアジトではなく、権力と裏社会が交錯する江戸独特の緩衝地帯なのだ。