彼女の作品が「極上のイヤミス(読後に嫌な後味が残るミステリー)」として語られる理由は、単に胸糞の悪い展開を用意しているからではない。そこには、数学的とも言える精密さで配置された緻密な伏線が存在する。
冒頭の何気ない日常の会話、通りすがりの人物の視線、部屋に置かれた小物。それらすべてが、終盤に向けて狂気の引き金へと変貌していく。読者は「まさかそんなはずはない」と願いながらページをめくるが、張り巡らされたロジックによって退路を断たれ、最も見たくなかった結末を直視させられることになる。
しかも、その結末に描かれるのは怪物のような異常者ではない。誰もが心のどこかに持っている自己保身や、弱さ、歪んだ愛情だ。「もし自分がこの立場なら、同じ過ちを犯さなかったと言い切れるだろうか」。この逃げ場のない問いかけこそが、読者の心を真に戦慄させる最大の要因なのだ。