受験指導者の間では、しばしば「速単上級はほとんどの受験生にとって不要である」という主張が展開されます。この不要論は決して本書のクオリティを否定しているわけではなく、受験戦略上の費用対効果(タイムパフォーマンス)に基づいた極めて合理的な指摘です。
不要と言われる背景には、主に3つの理由が存在します。
第1に、MARCHや関関同立、標準的な国公立大学においては完全にオーバースペックである点です。これらの大学群で合否を分けるのは、シス単やターゲット1900、速単必修編レベルの標準語彙を「1秒で反射的に思い出せる精度」と、標準的な英文解釈の正確さです。難単語を覚える時間にリソースを割くよりも、文法・解釈・過去問演習に時間を充てた方が総合得点は遥かに伸びます。
第2に、「知っている単語を増やすこと」が逆に精読の邪魔をする危険性です。前後の文脈を追わずに覚えたてのマイナーな日本語訳を無理やり当てはめてしまい、文構造を見失って誤読を招く受験生が少なくありません。
第3に、他教科とのバランス崩壊です。英語の語彙力増強に1日2時間を費やした結果、数学や理科・社会のインプットが滞って不合格になるケースは典型的な「受験の失敗パターン」と言えます。不要論の正体は、「志望校の配点と現状の学力を見極めずに手を出すと、大きなサンクコストを抱え込んで自滅する」という現場からの警鐘なのです。