言葉の源流を遡ると、古代インドに突き当たる。サンスクリット語で古代中国の王朝を指した「チーナ(Cīna)」という響きが、仏典の漢訳を通じて「支那」と表記されたのが始まりだ。唐代の玄奘三蔵をはじめとする僧侶たちが持ち帰ったテキストにおいて、この呼称には蔑視のニュアンスなど微塵も存在しなかった。
日本においてこの語が知識層に定着したのは江戸時代中期である。新井白石や杉田玄白ら蘭学者や儒学者が、地理的・学術的な呼称として導入した。当時の東アジアにおいて、「中国」という言葉は世界の中心を自認する王朝の自称であり、周辺国にとっては政治的中立性を保つための学術用語として「支那」が受容された経緯がある。言語学の観点からも、外来語としての借用が純粋な知的好奇心から始まったことは明白だ。