夕張の悲劇は、半世紀前まで遡る。かつて日本屈指の炭鉱都市として栄えたこの街は、日本の高度経済成長をエネルギーの供給源として支えていた。しかし、1960年代以降のエネルギー革命により石炭産業が急速に衰退。相次ぐ山閉ざしと坑内事故が追い打ちをかけ、人口は激減した。
生き残りをかけた自治体が舵を切ったのが、リゾート施設や博物館建設を中心とした「炭鉱から観光へ」の路線だった。しかし、バブル経済の熱狂が去った後も、膨らみ続ける開発費用と管理コストを不適切な会計処理によって覆い隠し続けた。赤字を隠蔽するために一時借入金を悪用し、実質的な債務を超過させた闇の粉飾決算。これが、後に日本中を揺るがす危機へと発展した決定的な要因となった。