土井正三とイチローの関係が単なる「冷酷な確執」ではなかったことを決定づけたのが、2009年9月25日の土井の逝去でした。死因は膵臓がん。67歳という若さでの旅立ちでした。
土井は2007年春に膵臓がんの告知を受け、過酷な抗がん剤治療と手術を受けながらも、プロ野球の現場復帰や解説活動への情熱を失いませんでした。巨人OB会の活動にも精力的に参加し、激痛に耐えながら最後まで毅然とした「V9戦士」の誇りを貫き通しました。
土井の訃報がアメリカ・シアトルに届いた日、シアトル・マリナーズのイチローは報道陣の前で、深く頭を垂れて静かに語りました。
「土井監督には、プロの世界の厳しさを一番初めに教えていただきました。僕を一軍に呼んで使ってくれたのも土井監督です。厳しい言葉をかけられたこともありましたが、プロとして生きていくための基礎を作ってくれた大恩人だと思っています」
メディアが長年煽り立ててきた「犬猿の仲」「因縁の師弟」という薄っぺらなゴシップを、イチロー本人の真摯な言葉が完全に打ち消した瞬間でした。世間が面白おかしく消費した「確執」という言葉の裏には、厳しい勝負の世界を生きた男同士にしか分からない、無言の敬意が確実に流れていたのです。