大場久美子の若い頃を語る上で欠かせないのが、1979年にリリースされた代表曲「スプリング・サンバ」です。サンバのリズムに乗せた弾けるようなパフォーマンスと、華やかなフリルをあしらった衣装は当時の歌番組のハイライトとなり、オリコンチャート上位を記録しました。
歌手としての活動と並行して、雑誌の表紙や写真集で見せた水着グラビアも絶大な支持を集めました。当時のアイドルグラビアとしては異例の透明感と、華奢でありながら引き締まった健康美を両立。過度な露出や媚びたポージングを排し、南国の太陽の下で見せた飾らない笑顔は、同世代の女性ファンからも「憧れのプロポーション」として支持されたのです。
しかし、その華やかなスポットライトの裏で、本人は想像を絶する過密スケジュールに追われていました。1日に数本のテレビ収録、ドラマ撮影、地方コンサートをこなす生活が続き、睡眠時間は1日2〜3時間という極限状態。後年の手記や特番インタビューでも「当時の記憶がほとんどないほど目まぐるしかった」と本人が振り返るほど、過酷な労働環境に置かれていました。