『五番街のマリーへ』の歌詞の意味を深く読み解くと、単なる別れの歌にとどまらない、大人の哀愁と優しさが浮き彫りになります。物語の主人公である男性は、かつて深く愛し合っていた女性「マリー」の暮らす街へ旅立つ友人(あるいは知人)に対し、伝言を託すという独特のシチュエーションで進行します。
舞台として描かれるのは、華やかな大都市の代名詞ともいえる「五番街」です。しかし、歌詞の中に登場するマリーの住まいは「猫と昼寝をしているような、汚れた小さな家」。この強烈なコントラストこそが、主人公とマリーが過ごした過去のつつましい日々と、時の流れを鮮明に際立たせています。主人公は「もし彼女が一人で暮らしているなら、今も好きだと伝えてほしい」「もし誰かと幸せに暮らしているなら、何も言わずに立ち去ってほしい」と願います。自分の未練を押し付けるのではなく、相手の幸福を第一に願う大人の男の引き際が、聴く者の胸を強く締め付けます。
気になるモデルの真相について、作詞を手がけた阿久悠は生前、特定の個人を直接投影したわけではないと語っています。当時の日本人が憧れたニューヨークの「5番街」というスタイリッシュな響きと、ヨーロッパ映画のワンシーンを想起させるノスタルジックな風景、そして誰もが心の奥底に抱えている「忘れられない昔の恋人」の面影を巧みに融合させて構築された、極めて完成度の高いフィクションの世界です。