ムーディ勝山が一躍スターダムに駆け上がったきっかけは、2006年末から2007年にかけて披露した「右から左へ受け流すの歌」でした。哀愁漂う昭和歌謡風のメロディに乗せて無意味なフレーズを淡々と歌い上げるシュールな芸風は、瞬く間に子どもから大人までを虜にし、着うたダウンロード数は数百万件を突破。第58回NHK紅白歌合戦への応援出演を果たすなど、まさに社会現象となりました。
ブーム絶頂期におけるムーディ勝山の最高月収は、本人の証言によると約640万円に達したといいます。年収ベースでも数千万円規模を稼ぎ出し、贅沢な暮らしを享受した時期もありました。
しかし、一発屋の宿命とも言えるブームの沈静化はあまりにも急速でした。ムーディ勝山が消えた理由として挙げられるのは、ネタの強烈なインパクトゆえにキャラクターが固定化され、フリートークやひな壇番組での立ち回りに当時の制作側が適応させきれなかった点にあります。ブームが去ると仕事は激減し、一時は月収が数万円、ひどい時にはほぼゼロにまで落ち込むという壮絶な転落劇を経験しました。