テレビ東京系列で『ワールドビジネスサテライト』が産声を上げたのは、1988年4月4日のことでした。当時の日本は空前のバブル景気に沸き返り、日経平均株価が右肩上がりに最高値を更新し続けていた時代です。しかし、民放キー局の夜のニュース番組といえば政治や事件、社会問題が中心で、経済に特化した本格的な帯番組は存在していませんでした。
後発局であったテレビ東京が社運を賭けて打ち出したコンセプトこそ、「ニューヨーク市場の動きをリアルタイムで伝え、東京のビジネスパーソンに翌朝の武器を届ける」という経済報道でした。そこで白羽の矢が立ったのが、当時35歳の小池百合子氏です。WBS 小池百合子 出演 理由の根底には、既存のアナウンサー枠に収まらない彼女の圧倒的な独自性がありました。
小池氏の生い立ちを紐解くと、父・勇二郎氏は原油卸会社を営み、国際情勢に極めて敏感な人物でした。「島国である日本が生き残るにはエネルギー安全保障と世界との繋がりが不可欠」と幼少期から教え込まれた彼女は、関西学院大学を中退してエジプトのカイロ大学文学部社会学科へ留学。難関のアラビア語をマスターして卒業したという、異色のキャリアを持っています。
帰国後はアラビア語通訳としてPLO議長のアラファト氏やリビアのカダフィ大佐の会見で通訳を務め、日本テレビ系『竹村健一の世相講談』などでアシスタントを務めるなど、実践的な小池百合子 アナウンサー 経歴を重ねていました。単に原稿を美しく読み上げる局アナではなく、自ら中東や世界の現場を知り、国際経済の潮目を肌感覚で理解できるアンカーパーソンを求めていたテレビ東京にとって、彼女の起用はまさに必然の選択だったのです。