中津川 寿司の概念が、いま大きく揺らぎ、そして飛躍している。海を持たない岐阜県東部の山あい、恵那山の麓に広がる中津川市。かつて中山道の宿場町として栄え、秋になれば栗きんとんを求める人々で賑わったこの地が、2026年の今、世界的美食家(フーディー)たちの目的地へと変貌を遂げた。主役は、他でもない「寿司」だ。
早朝の冷気が山肌をなぞる中、のれんを潜ると、ほのかに甘い酢飯の香りと朴葉(ほおば)特有の清々しい青香が漂う。長年、地元の暮らしに溶け込んできた郷土食が、熟練の職人技と最先端の物流・養殖技術によって磨かれ、現代の中津川 寿司として独自のスタイルを確立した。東京や海外の名店を巡り尽くした食通たちが、わざわざ足を運ぶ理由。それは、海鮮の常識を覆す圧倒的な「土地の力」にある。
山と川が紡ぐ極上の握り:なぜ今、岐阜県中津川市で「寿司革命」が起きているのか
「海がないから寿司が作れないなんて、過去の固定観念ですよ」
中津川駅から車で15分、山裾に佇む隠れ家的な寿司店「清流庵」の店主、佐藤健太郎氏(44)は静かに微笑みながら、包丁を握る。まな板の上に並ぶのは、マグロやウニではない。透き通るような白身のイワナ、しっとりと脂の乗った極上のサツキマス、そして鮮やかな霜降りを誇る飛騨牛のA5ランクサーロインだ。
岐阜県東部に位置する中津川は、木曽川とその支流である付知川(つけちがわ)の清冽な水に恵まれた土地である。2026年現在、超高度物流の整備とローカルガストロノミーの波が融合し、ここでは「海鮮を模倣する寿司」ではなく、「山と川の恵みを極限まで高めた握り」という新たなジャンルが花開いている。
郷土の知恵が生んだ名物「朴葉寿司」が国際的なグルメ格付けで脚光を浴びる理由
中津川の寿司文化を語る上で、避けて通れないのが「朴葉寿司(ほおばずし)」である。初夏の田植え時期、農作業の合間に手や箸を汚さず食べられるよう、殺菌効果のある朴の葉で酢飯と具材を包んだ伝統の携行食だ。
この素朴な郷土料理が、欧米のフードメディアや美食ガイドで絶賛されている。大きな朴の葉を開いた瞬間に立ち上る、樹木由来の芳醇なアロマ。中に包まれているのは、甘辛く煮たきゃらぶき、紅生姜、サケやマス、時には蜂の子や時鮭の自家製燻製など、職人ごとに異なる個性的な具材だ。
「昔おばあちゃんが作ってくれた家庭の味でした。でも、朴葉の香気成分が酢飯の酸味と合わさることで、ワインやクラフトビールと驚くほどの相乗効果を生む。これこそが、世界のシェフが探し求めていたナチュラルなボタニカル寿司です」と、地元のフードプロデューサーは語る。