なぜ彼は圧倒的な人気を誇っていた「ハチ」の看板を置き、「米津玄師」として表舞台に立つ決断をしたのでしょうか。そこには表現者としての切実な葛藤と明確な意志がありました。
最大の名義を分けた理由は、「VOCALOIDというキャラクターのフィルターを外し、自らの肉声と言葉で生身の人間と対峙したい」という衝動です。ハチ名義の楽曲は、ボーカロイドの機械的な無機質さや記号性を活かした架空の世界観、アヴァンギャルドな構築美が特徴でした。しかし制作を重ねる中で、「自分自身の内面や人間味を隠さずに表現し、より広く普遍的なポップスとして大衆に届けたい」という欲求が芽生えたと語られています。
『ドーナツホール』の制作過程においても、初音ミクやGUMIを使いながらも「生身のバンドサウンドと人間の感情」を極限まで追求した結果、自ら歌唱するシンガーソングライター・米津玄師への完全移行が決定的となりました。活動休止というよりは、表現したい音楽の本質が変わったことによる自然な進化だったと言えます。