なぜここまで「3チャンネル=教育テレビ」のイメージが日本人の記憶に刻まれているのでしょうか。そのルーツは、1959年に開局したNHK教育テレビ(現・Eテレ)の歴史にあります。
日本のテレビ放送黎明期、東京タワーから送信されたアナログVHF帯において、1チャンネルにはNHK総合、そして3チャンネルにはNHK教育が割り当てられました。人口が集中する首都圏において、幼少期から「1=総合、3=教育」というチャンネル操作が半世紀以上にわたって刷り込まれた結果、文化的な共通認識として定着したのです。
対照的に、関西圏(近畿広域)のアナログ放送では、2チャンネルがNHK総合、12チャンネルがNHK教育、そして3チャンネルは毎日放送(MBS)でした。関西育ちの世代にとって「3チャンネル」といえば長年MBSの看板番組であり、関東と関西でチャンネルトークが噛み合わない定番のネタとなっていた歴史があります。2011年7月の地上デジタル完全移行は、こうした半世紀に及ぶ地域ごとの番号体系を大きく塗り替える一大転換点となりました。