インターネット上の検索や一部の言説において、「平山郁夫は原爆の放射線障害(白血病や癌)で亡くなったのか?」という疑問が散見されます。しかし、公表されている正確な死因は「脳梗塞」であり、白血病や悪性腫瘍による直接の病死ではありません。
ただし、これを「原爆被爆とは無関係な単なる加齢による脳梗塞」と切り捨てるのもまた医学的・歴史的な実態を見誤ることになります。被爆による慢性的な造血機能の低下や免疫不全、長年の貧血状態は、平山郁夫の循環器系や全身の血管に計り知れない負担を与え続けていました。
さらに、東京藝術大学学長としての大学運営改革、日本美術院の統率、そして世界中を飛び回るユネスコ親善大使としての激務が重なり、晩年の肉体は限界を超えていたと推察されます。直接の引き金となったのは脳血管障害(脳梗塞)でしたが、その背景には「15歳から背負い続けた被爆の後遺症」と「休むことを知らなかった過密な公務」が密接に絡み合っていたのが真相と言えます。