ホテルの裏手に回ると、さらなる衝撃が待っている。温泉特有の蒸気が立ち込める養殖池を覗き込むと、漆黒の魚影が悠然と泳ぎ回っていた。古代魚、チョウザメだ。
なぜ北アルプスの雪深い温泉地でチョウザメなのか。発想の起点は、豊富に湧き出る温泉熱だった。厳冬期には氷点下十数度まで冷え込む奥飛騨において、捨てられていた余熱を利用して水温を厳密に管理。北アルプスの清らかな伏流水と温泉水を黄金比で合わせ、独自の養殖環境を作り上げたのだ。
ここで採れる「奥飛騨フレッシュキャビア」は、市場に出回る加熱殺菌された塩辛い瓶詰めとは根本的に異なる。極限まで塩分を抑えた生キャビアを口に運ぶと、薄い皮がプチリと弾け、濃厚な脂の甘みとナッツのような芳醇なコクが舌の上でとろける。山の温泉宿にいながらにして、世界最高峰の珍味を獲れたてで味わう。この贅沢な矛盾こそ、訪れる者を虜にする最大の仕掛けだ。