ウィンウィンという概念を世界中に定着させた金字塔が、スティーブン・R・コヴィー博士の世界的ベストセラー『7つの習慣』です。博士は著書の中で、私的成功(第1〜第3の習慣)を経て自立を果たした人間が、他者と真の協力関係を築く「公的成功」の第一歩として「第4の習慣:Win-Winを考える」を位置づけました。
ここで見落とされがちな核心が、ウィンウィンを成立させるための大前提となる「信頼残高(Emotional Bank Account)」の概念です。コヴィー博士は人間関係を銀行口座に例え、日頃の誠実な振る舞いが「預け入れ」となり、無礼や約束破りが「引き出し」になると説きました。
信頼残高が底をつき、赤字になっている相手との間で、高度なクリエイティビティを要するウィンウィンの交渉など不可能です。相手の提案の裏を疑い、防衛的になり、結果として妥協か決裂しか選べなくなります。日常的に小さな約束を守り、相手の価値観を尊重し、誠実さを積み重ねて口座残高を潤沢にしておくことこそが、困難な交渉を打破する最大の資本となります。
さらにコヴィー博士は、実践において極めて重要となる「Win-WinまたはNo Deal(取引しない)」の思考法を提唱しました。これは「双方が完全に納得できる解決策が見つからないのであれば、お互いに合意しないことに合意する」という極めて現実的で勇気ある選択肢です。
「無理にまとめようとして不完全な妥協をするくらいなら、今回は白紙に戻し、お互いの友好関係と信頼を守ろう」という覚悟を持つこと。この「No Deal」の選択肢を懐に忍ばせている交渉者だけが、理不尽な要求に屈することなく、対等な立場で創造的な解決策を模索し続けることができます。