ジブリファンが集うウェブフォーラムやトラベルブロガーの間で「湯婆婆の油屋そのものだ」と話題になり始めたのは2000年代初頭のこと。噂の中心となったのは、急勾配の階段沿いに佇む老舗茶館「阿妹茶酒館(アーメイ・チャーチウグアン)」だ。重厚な木造枠と屋根から吊り下げられた赤提灯の連なりは、確かに劇中の怪しくも美しい異界の建造物を連想させる。
しかし、スタジオジブリ側の公式スタンスは一貫している。モデル地として公認されているのは愛媛県の道後温泉や東京都の江戸東京たてもの園などであり、九份について宮崎監督自身も「参考にしていない」と発言している。現地で長年ガイドを務める陳氏も苦笑いを浮かべながら語る。「観光客のほとんどが『ここが千と千尋の街ですか?』と尋ねてきます。違いますよと事実を伝えても、みなさん納得したように笑顔でシャッターを切り続ける。彼らが求めているのは歴史的真実というより、映画の世界に迷い込んだかのような体感そのものなのでしょう」。