法令上の建前とは裏腹に、産業現場では長年にわたり深刻な構造的問題が燻り続けています。筆者が大手化学メーカーや物流倉庫、スタンド運営企業の元従業員らに取材を重ねる中で浮かび上がってきたのは、「名ばかり保安監督者」の横行です。
「資格手当として月額数千円が上乗せされる代わりに、名前だけ貸してくれと上司から頼まれた。日頃の設備点検は下請け任せで、どのような危険物がどれだけ保管されているのか実態すら知らされていなかった」――そう語るのは、関東地方の危険物保管倉庫に勤務していた元現場責任者です。ネット上の掲示板やSNS上でも、「退職しようとしたら保安監督者がいなくなるからと引き止められた」「何か大事故が起きたとき、現場の自分ひとりに刑事責任が降ってくるのではないかと毎晩不安だった」という悲痛な告白が後を絶ちません。
これは、日本の組織社会に根深く存在する「名義貸しによる形式的法令遵守」と「現場への責任転嫁」の構造です。経営陣は営業継続のために免状保有者の名前を利用し、現場の労働者は人事評価や人間関係の圧力から断りきれず、自らのキャパシティを超えた重責を背負い込んでしまう。まさに健全な心理的バウンダリー(境界線)が崩壊し、組織と個人が歪んだ共依存関係に陥っている典型例と言えます。
万一、施設内で爆発や火災、有害物質の漏洩事故が発生した場合、警察および消防の捜査が真っ先に向かうのは危険物保安監督者です。適切な指示や日常の設備点検を怠っていたと認定されれば、業務上過失致死傷罪に問われ、実刑判決を受ける可能性すらあります。「会社に言われて名前を貸しただけ」という言い訳は、法廷では一切通用しません。