負圧を積極的に動力や制御のトリガーとして活用している代表例が、内燃機関(ガソリンエンジン)だ。エンジンのシリンダー内ピストンが下降する行程では、巨大な注射器のピストンを引くのと同じ現象が起き、吸気管内に強い吸引力が発生する。このインテークマニホールド内のエンジン負圧は、燃料噴射の気化促進だけでなく、安全装置にも直結している。
自動車のブレーキペダルを踏む際、踏み込む力を数倍に増幅する「マスターバック(ブレーキブースター)」は、このマニホールド負圧と大気圧の差圧を利用して作動している。ドライバーの足の力を負圧のエネルギーが肩代わりすることで、軽い踏力で数トンの車体を制動できる。エンジンの調律や不調診断においては、負圧計(バキュームゲージ)を用いた精密な圧力測定が不可欠であり、吸気漏れやバルブの密閉度異常を即座に特定するバロメーターとして機能している。
対照的に、負圧を徹底して排除することで製品クオリティを担保しているのが、半導体工場や医薬品工場のクリーンルームだ。ナノメートル単位の回路パターンを焼き付けるフォトリソグラフィ工程では、1粒の塵や埃の混入すら製品の致命傷となる。クリーンルーム内部をファンフィルターユニット(FFU)で常に「正圧(+10Pa〜+30Pa程度)」に加圧維持することで、作業員の入退室時にも隙間から室外へ向かって強烈な風が吹き出し、外気中の浮遊粉塵の侵入を物理的に阻止している。