佐藤栄作の父・秀助は、もともと岸家から佐藤家に婿養子として入った人物だった。山口県田布施で酒造業や製油業を営みながら、県議会議員も務めた秀助だが、一族の真の精神的支柱は母・茂世であったとされる。茂世は幕末の志士たちの気骨を継承する強い意志の持ち主で、子供たちに徹底した教育を施した。
茂世の厳格な教育のもと、長男の市郎は海軍中将へと上り詰め、次男の信介(岸家に養子入り)と三男の栄作はともに東京帝国大学(現在の東京大学)法学部を卒業。信介は革新官僚として商工省で頭角を現し、栄作は鉄道省(後の運輸省)で頭脳を発揮した。この官僚としてのキャリアこそが、後に彼らが政界で強固な基盤を築くための決定的な礎となったのである。