独ソ戦の過酷さを象徴する二大戦場が、南部要衝のスターリングラードと、北部の大都市レニングラード(現サンクトペテルブルク)です。
スターリングラード攻防戦では、瓦礫の山と化した街の中で建物や部屋、地下下水道を奪い合う熾烈な近接戦闘が繰り広げられました。ドイツ兵が「ネズミの戦争(ラッテン・クリーク)」と恐怖したこの戦いでは、前線に投入されたソ連軍新兵の平均余命が24時間未満と囁かれるほどの消耗戦と化しました。最終的に包囲されたドイツ第6軍は約9万1,000人が捕虜となりましたが、極度の飢餓と伝染病により、戦後に生きて祖国へ帰還できたのはわずか約5,000人に過ぎませんでした。
一方、レニングラードでは約900日間に及ぶ包囲封鎖により、空前絶後の人道危機が発生しました。補給を絶たれた市内では100万人を超える市民が餓死。1日の配給パンはわずか125グラムにまで削られ、セルロースや木粉が混入された粗悪なものでした。極限状態の中でペットや野鳥はもちろん、壁紙の糊や革靴を煮て食べ、果ては人肉食(カニバリズム)の記録まで残るほどの生き地獄が続きました。