圧倒的な土木工事を結実させたバックボーンには、急速に勢力を拡大させた大和王権の周到な統治システムが存在する。日本最大規模を誇る大仙陵古墳をはじめとする巨大な前方後円墳の建造には、莫大な労働力と緻密な計算が不可欠だった。かつては苛烈な強制労働の産物とみなされることもあったが、近年の研究では、インフラ整備や食料分配を伴う一種の公共事業的な側面があった可能性も指摘されている。
伝仁徳天皇の陵墓とされるこの巨大なお墓の周辺からは、全国各地から集められた物資や技術者の痕跡が見つかっている。中央の権力者が地方の首長を従え、巨大古墳という可視化された威光を通じて国を束ねていく過程で、地域社会の労働構造や生活様式も劇的に変貌を遂げていった。