ヨーロッパが死刑廃止へと舵を切った背景には、歴史的なトラウマと法哲学の根本的な転換が存在します。決して平穏な議論の積み重ねだけで達成されたわけではありません。
第1の原点は、第二次世界大戦における全体主義・ファシズムへの猛烈な反省です。ナチス・ドイツをはじめとする独裁政権は、法と裁判の形式を悪用して数多くの政敵や罪なき市民を合法的に処刑しました。「国家が国民の生死を握る権利を持つこと自体が、独裁への第一歩になり得る」という痛烈な危機感が、欧州知識層の共通認識となったのです。
第2の原点は、後戻りのできない冤罪(誤判)の悲劇です。イギリスでは1950年代、妻と子を殺害したとして処刑されたティモシー・エヴァンスが無実であったことが後に判明(真犯人は下宿の家主だった連続殺人犯ジョン・クリスティ)。さらに1953年のデレク・ベントレー事件など、明白な誤判や不当な死刑執行が相次ぎ、世論を揺るがす大スキャンダルに発展しました。人間が運用する司法制度である以上、誤判を100パーセント排除することは不可能です。「死刑は執行してしまえば取り返しがつかない」という冷徹な事実が、廃止論を決定づけました。
第3の原点が、国際人権法における「生命権」の絶対化です。国家であっても個人の生命を奪う権利は持たないという基本原則が、戦後の国際秩序形成のなかで不可侵の規範として位置づけられました。死刑廃止は、単なる刑事政策の選択肢ではなく、「国家権力をどこまで制限できるか」という立憲主義の試金石となったのです。