集団知の暴力的な一面として語られるのが、数々の炎上劇である。SNSのない時代から、画像データの位置情報や背景のわずかな映り込みから個人を特定する「特定班」の動きは極めて迅速であった。過剰なバッシングや私的制裁という道義的課題を抱えつつも、彼らの追求は止まらなかった。
噂レベルの情報に対しても徹底的な裏付け作業が行われ、隠された噂の真相が暴かれるプロセスは一種のエンターテインメントとして消費された。正義感と野次馬根性が表裏一体となったこの構造は、現在のSNSにおけるキャンセル・カルチャーの原形とも言える。