新宿二丁目が世界に名を馳せるカルチャータウンへと発展した背景には、日本の戦後史と都市計画が深く絡み合っています。その原点は、1958年に施行された売春防止法以前にさかのぼります。当時、この一帯は「赤線」と呼ばれる公認の歓楽街でした。法律の施行に伴い多くの遊郭や特殊飲食店が姿を消す中、残された空き店舗や飲食ビルのテナントに、当時行き場を失っていたゲイの人々が集まり始めたことが、クィアタウンとしての歴史の幕開けです。
1960年代から70年代にかけて文学者や映画監督、芸術家たちが夜な夜な集う前衛的なサロン文化が花開き、やがて日本最大の性的マイノリティの拠点として定着しました。さらに2000年代以降、マスメディアにおけるオネエタレントの活躍やインターネットの普及により、街の存在が一般にも広く認知されるようになります。
そして2026年の現在、街の風景はさらなる変革期を迎えています。長年街を支えてきた老舗ビル群の老朽化による建て替えが進む一方、若い世代のLGBTQ+当事者によるオープンなコンセプトカフェや、アートギャラリーを併設したバーが相次いでオープン。かつての「夜のアンダーグラウンド」から、昼夜を通じて多様な人々がカルチャーを享受する「発信型のボーダーレスエリア」へとそのアイデンティティを進化させています。