私たちはいつから、泣くことを忘れてしまったのだろうか。スマートフォンの画面をスクロールすれば、他人の「成功体験」や「スマートな生き方」ばかりが目に入る。失敗は即座にデジタル魚拓として残り、自己責任論が幅をきかせる令和の日本。そこには、傷つき、立ち止まるための時間的・精神的な余白がほとんど残されていない。
こうした過度なプレッシャーへの反動として、2026年の現在、意図的に涙を流してストレスを解消する「涙活」が再び脚光を浴びている。しかし、かつてのブームと異なるのは、その目的だ。単なる「感動体験」を求めるのではなく、日々の生活で麻痺してしまった「負の感情」を取り戻すために、人々は泣ける映画や音楽を求めている。