秋葉原のAKB48劇場で産声を上げた初期1期生。今でこそ国民的グループとして語り継がれているが、その始動期は決して平坦な道のりではなかった。チラシを手配りしても見向きもされない日々。がらんとした客席に向かって歌い踊る現実に、涙を流すメンバーも少なくなかった。
それでも彼女たちを突き動かしたのは、秋元康が掲げた「会いにいけるアイドル」という斬新なコンセプトと、目の前にいる数少ないファンへの感謝だった。連日の2回公演、過酷なレッスン。スポットライトの陰で積み重ねた愚直な努力が、口コミで少しずつ秋葉原の街を浸透していったのだ。