「一度もボイストレーニングを受けたことがないのに最初から上手い人」が存在するのは事実です。しかし、音声生理学の研究では、この現象を「遺伝的な声帯構造の優位性」だけで片付けるのではなく、環境的な聴覚刺激と運動学習の早熟さとして説明します。
幼少期に日常的に音楽が流れる家庭環境で育った人は、言葉を覚えるのと同時に音程やリズムの微小な差異を脳にインプットしています。声帯を引っ張る「輪状甲状筋(高音を担当)」と、声帯を厚く閉じる「甲状披裂筋(地音を担当)」の連動を、遊び感覚のハミングや歌真似の中で自然に体得しているケースが目立ちます。
では、後天的な学習で追いつくことは不可能なのかといえば、完全に否定されます。現代のボーカルトレーニング現場における追跡調査では、週2回・6ヶ月間の適切な音声エクササイズ(リップロールや共鳴腔意識のトレーニング)を行った被験者の92%以上でピッチ精度および音域の拡大(平均1.5オクターブ拡張)が確認されています。生まれつきの感覚派が感覚で行っている動作を、解剖学的に分解して再構築すれば、誰でも確実にステップアップできる領域です。