八代亜紀さんと増田登氏の出会いは、昭和の歌謡界にさかのぼります。増田氏はもともと八代さんと同じ芸能事務所に所属していた後輩歌手でした。歌手としての道を断念した増田氏は、八代さんのマネジメントを担当するスタッフへと転身。八代さんの最大の理解者として献身的に尽くした末、八代さんが43歳、増田氏が38歳だった1994年に結婚しました。当時、5歳の「姉さん女房」としても大きな話題を呼びました。
独立後は、八代さんの個人事務所「ミリオン企画」を設立し、増田氏がミリオン企画の社長に就任。コンサートのプロデュースから絵画展の企画、メディア出演の差配に至るまで、八代さんのブランドマネジメントを全面的に掌握し、芸能界屈指の仲睦まじいカップルとして知られていました。
その関係が崩壊を迎えたのは、結婚27年目となる2026年1月のことでした。同年6月に女性セブンなどの週刊誌報道によって離婚の事実が明るみに出ると、世間に大きな衝撃を与えました。公式発表における八代亜紀の離婚理由は「残りの人生をお互いのペースで有意義に過ごすための話し合いによる円満離婚」と説明されましたが、背景には長年の公私混同によって生じた修復不能な亀裂が存在していました。
当時の一部報道では、増田氏が事務所に所属していた後輩女性歌手やスタッフの処遇を巡って八代さんと対立したという話や、女性関係を巡る不信感が決定打になったとも報じられました。しかし、八代さん本人は生前のインタビューにおいて特定の異性問題を激しく告発することはなく、むしろ「長年マネジメントと夫婦生活が一体化し、互いの精神的な自由が失われていた」というニュアンスを滲ませていました。仕事とプライベートの垣根が消滅した環境で、古稀(70歳)という節目を迎えた八代さんが、最後の一人を自分の意志で生き抜くために下した決断が熟年離婚の真相でした。