昭和の時代において、私立大学の医学部に通うための学費は現代以上に浮世離れした金額だった。入学金や授業料、寄付金を含めれば、数千万円規模の資金が動く。森はテレビ番組やコンサートのステージで喉を酷使し、過密スケジュールをこなし続けた。「自分が歌えなくなれば、弟の夢が途絶える」。その恐怖とプレッシャーが、彼の歌声にあの独特の哀愁と、魂を削り取るような迫力を与えていたのかもしれない。
ステージの華やかさとは裏腹に、楽屋裏での森は常に孤独な戦いを強いられていた。喉のポリープ手術を乗り越え、精神的な限界に達しながらもマイクを握り続けたのは、弟の未来という明確なゴールがあったからに他ならない。