この文化施設が産声を上げたのは1966年のことだ。高度経済成長期の熱気の中、県民の文化的教養の向上と芸術鑑賞の機会拡充を目指して建設された。当時は九州でも先駆けとなる本格的な多目的ホールとして、オペラ、歌舞伎、交響楽団の大型公演など、多種多様な舞台芸術を受け入れてきた経緯がある。
2006年には鹿児島県内の文化施設として先陣を切ってネーミングライツが導入された。地元焼酎メーカーの伝統的な銘柄名を冠した愛称は、導入当初こそ新鮮な驚きをもって迎えられたものの、今やすっかり地域社会の風景の一部として定着している。行政主導の施設に民間の活力を注入し、持続可能な運営モデルを確立した先駆例としても高い評価を得ている。