Q1:小尻知博記者の命日と追悼行事はいつどこで行われていますか?
A1:命日は1987年5月4日未明(襲撃は5月3日夜)です。毎年、憲法記念日である5月3日に兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局で追悼の集いや取材資料の公開展示が行われ、多くの市民や関係者が献花に訪れています。
Q2:犯行グループ「赤報隊」は現在どうなっていますか?
A2:1990年の愛知韓国人会館放火事件以降、赤報隊を名乗る犯行声明や活動は途絶えました。構成員が逮捕されることもなく、首謀者の正体や組織の実態は未解決のまま歴史の闇に包まれています。
Q3:現場で重傷を負った犬飼記者はその後どうなりましたか?
A3:犬飼兵衛記者は右手の手術やリハビリを経て現場に復帰し、報道活動を続けました。事件の記憶を風化させないための執筆活動や講演を行い、2018年1月に73歳で亡くなるまで言論の自由を訴え続けました。
Q4:朝日新聞阪神支局は現在どうなっていますか?
A4:事件当時の旧支局ビルは建て替えられましたが、現在の阪神支局内には小尻記者の遺品や散弾銃で破壊された机、当時の資料などを保存した資料室が常設されており、見学や研修の場として活用されています。