炎柱を語る上で欠かせないのが、煉獄家の血脈と歴史です。杏寿郎の父である煉獄槇寿郎(れんごくしんじゅろう)もかつては鬼殺隊を牽引する卓越した炎柱でした。
しかし、愛妻・瑠火の病死や、日の呼吸の存在を知ったことによる自己の限界への絶望から、槇寿郎は剣を置き酒に溺れてしまいます。その結果、杏寿郎は父から直接指導を受けることができず、家に残されていたわずか3巻の「炎の呼吸の指南書」を頼りに、自らの血のにじむような鍛錬だけで技を復元・完成させ、柱の座へと登り詰めました。
また、杏寿郎における「継子(つぐこ)」事情についても特筆すべき点があります。彼の指導は極めて過酷かつ妥協のないものであったため、多くの隊士が途中で脱落してしまい、無限列車編の時点では正式な継子はいませんでした。しかし、その情熱と戦う姿勢は、後の戦いで竈門炭治郎たちへと確実に受け継がれることになります。