地震発生時、菅首相は参議院決算委員会の審議中でした。激しい揺れを感知すると直ちに審議は中断され、首相は官邸へと急行しました。当時の首相動静と官邸のタイムラインを振り返ると、極めて緊迫した意思決定が連続していたことが分かります。
地震発生からわずか30分足らずの15時14分、政府は「緊急災害対策本部」を設置。続いて19時03分には、福島第一原発の全交流電源喪失という報告を受け、原子力災害対策特別措置法に基づく「原子力緊急事態宣言」を日本史上初めて発令しました。
翌日以降は、被災地支援とインフラ復旧を統括する東日本大震災復興対策本部や各種タスクフォースが矢継ぎ早に立ち上げられました。自衛隊に対しては史上最大規模となる10万人態勢の災害派遣を命令。米軍による支援活動「トモダチ作戦」の受け入れなど、前例のない規模の災害救助体制が急速に敷かれていきました。