立花喜久雄の経歴を紐解くと、現役の人間国宝である坂東玉三郎の生い立ちやキャリアと重なる点が数多く存在します。歌舞伎界における最大の共通点は、「名門の家系に生まれた御曹司ではない」という点です。
坂東玉三郎は料亭を営む一般家庭に生まれ、小児麻痺のリハビリとして舞踊を始めたことがきっかけで十四代目 守田勘弥に見出され、芸養子として梨園に入りました。一方の喜久雄も、長崎の任侠組織「立花組」の組長の息子という異色の出自を持ち、一家の崩壊後に上方歌舞伎の名優・花井半二郎に引き取られて弟子入りします。
血統が重んじられる閉鎖的な歌舞伎界において、後ろ盾を失いながらも圧倒的な美と鍛錬によって観客をねじ伏せ、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されるプロットは、玉三郎が辿った奇跡の歩みと見事に共鳴しています。舞台上で放つ人間離れした妖艶さや、私生活を削ぎ落として芸に没入する生き様も、玉三郎のパブリックイメージと酷似しています。