岩崎宏美の人生において、最も心身を削られた過酷な試練が、前夫・益田祐介氏との離婚時に発生した子供の親権問題でした。1988年の華やかな結婚生活の始まりから、事態はわずか数年で暗転します。
結婚後、岩崎宏美は1989年に長男、1992年に次男を出産。家庭に入り育児に専念することを求められる風潮の中、歌への情熱を捨てきれなかった彼女と、多忙な実業家である夫との間には次第に生活のすれ違いが生じていきました。海外赴任などを機に夫婦の亀裂は修復不可能なものとなり、1995年に離婚が成立します。
しかし、本当の悲劇はここからでした。当時の協議において、親権は元夫の益田氏側が持ち、養育・監護権を岩崎宏美が持つという変則的な取り決めが交わされたのです。ところが間もなく、益田氏側が子供たちを引き取り、母親である岩崎宏美と物理的に隔離される事態へ発展しました。さらに益田氏が再婚相手と子供たちを普通養子縁組させたことで、法的な母子関係すら事実上遮断されてしまうという、当時の法制度の狭間で起きた残酷な現実が彼女を襲いました。
「我が子に会いたい」と涙に暮れ、一時は重い抑うつ状態に陥るほど絶望の淵に立たされた岩崎宏美。それでも彼女は、いつか子供たちが事実を理解してくれる日を信じて歌い続けました。その願いは実を結び、息子たちが成人したのちに母と子の再会が実現。現在では息子たちとの関係は完全に修復され、家族としての深い交流が続いています。