歴代の三井家令嬢の中で、最も鮮烈な足跡を残した人物として挙げられるのが、NHK連続テレビ小説『あさが来た』のヒロインのモデルとしても広く知られる広岡浅子(旧姓:三井浅子)です。
浅子は幕末の1849年、三井十一家の重鎮である「出水家第六代当主・三井高益」の四女として京都の油小路邸で生まれました。当時の富裕層令嬢の習い事といえば裁縫や茶の湯、生け花などに限られていましたが、浅子は幼少期から強い探求心を持ち、禁じられていた四書五経などの学問を独学で修めたと伝えられています。この広岡浅子の三井家経歴こそが、後の不屈のビジネスリーダーシップの原点となりました。
豪商・加島屋一族の広岡信五郎へと嫁いだ後、彼女が見せた手腕はまさに規格外でした。明治維新の混乱期に傾きかけた加島屋を立て直すため、炭鉱事業への直接乗り込み、加島銀行の設立、さらには大同生命保険の創業に参画。晩年には「女子高等教育の必要性」を痛感し、日本最初の女子高等教育機関である日本女子大学校(現・日本女子大学)の創設を物心両面から主導しました。三井の血筋に宿る商才と進取の気象を誰よりも体現した伝説の令嬢です。