本作を鑑賞する際、知っておくべき「映画と実話の違い」があります。それは、喜久雄の過酷なバックボーン(極道の息子という出自)は創作ならではのドラマツルギーである点です。
実際の歌舞伎界において、任侠の組長の息子が名門の養子となり人間国宝に上り詰めたという記録は存在しません。しかし、この極端な設定をあえて置くことによって、「血の呪縛」と「芸の天分」の対比が劇的に際立ちます。
名門の血を引きながら葛藤する俊介と、血筋を持たないがゆえに芸のみに縋る喜久雄。実話をもとにしたドキュメンタリーでは決して描けない、人間のエゴや嫉妬、愛憎の深淵を抉り出すフィクションとしての強度がそこにあります。