妊娠5週目を過ごす女性の体は、激しいホルモン環境の激変にさらされています。黄体ホルモン(プロゲステロン)と卵胞ホルモン(エストロゲン)、そして絨毛から分泌されるhCGが急激に上昇する中で、多種多様な身体シグナルが現れます。しかしその現れ方には極端な個体差が存在し、それが妊婦たちの混乱を招く主因となっています。
まず、強い恐怖感を引き起こすのが妊娠初期の出血と下腹部痛です。「出血=流産」と直結させてパニックに陥るケースが後を絶ちませんが、妊娠初期の出血の多くは生理的な現象、あるいは軽微な局所性出血です。代表的なものが「着床期出血(生理予定日前後の少量の出血)」の名残や、子宮頸部が充血して生じる「子宮頸管ポリープ・びらんからの出血」、そして子宮内膜と胎嚢の接着面から出血して血腫を作る「絨毛膜下血腫」です。茶色や薄いピンク色の微量な出血(いわゆる「茶おり」)が下着に付着する程度であれば、多くの場合は子宮の増大に伴う古い血液の排出であり、胎児の発育に直結しないケースが圧倒的多数を占めます。
また、下腹部が「チクチク痛む」「引っ張られるようにズキズキする」「生理前のような重だるい鈍痛がある」という症状は、子宮が骨盤内で急速に膨らみ始め、子宮を支える円靭帯(えんじんたい)が引き伸ばされている牽引痛であることがほとんどです。ただし、「生理2日目を超える鮮血の出血が止まらない」「脂汗が出るほどの激痛が下腹部の片側に局所化している」といった警告兆候(レッドフラッグ)がある場合は、絨毛膜下血腫の大規模化や切迫流産、異所性妊娠の破裂が懸念されるため、昼夜を問わず即時の救急搬送・連絡が必要です。
対照的に、「何の症状もないこと」に怯える妊婦も大勢います。その筆頭がつわりが始まらない理由です。医学統計上、悪心や嘔吐を伴うつわりを自覚する妊婦は約70〜80%とされますが、その発症時期の中央値は妊娠6週前後です。妊娠5週目の段階では、つわりの主因とされるhCG濃度が受容体を飽和させるレベルに達していない人が多く、むしろ「全くつわりがない」「いつも通り食事が摂れる」状態の方が自然な生理現象です。さらに、体質的にhCGに対する自律神経系の反応が鈍やかな「つわり体質でない人」も全体の約20%存在します。つわりの有無や重症度と、胎児の生命力や将来の発育状況には医学的な相関関係は一切存在しません。
さらに見落とされがちなのが、妊娠初期の基礎体温の変化です。プロゲステロンの強力な分泌によって高温期(36.7℃以上が目安)が維持されますが、睡眠状態、外気温、測定誤差によって0.1〜0.2℃程度の一時的な低下を示す日もあります。「体温が下がったから流産してしまった」と思い詰め、1日に何度も体温計をくわえる過度なストレスは自律神経を乱すだけです。検査薬で陽性を得て産婦人科を受診した後は、基礎体温の測定自体を卒業することを推奨する産科医が近年増加しています。