チームの休部という逆境の中、日高裕次郎が下した決断は「ビーチバレーへの転向」でした。2009年、ロンドン五輪出場を目指して砂上の戦いへと主戦場を移します。足場の不安定な砂浜で全身の筋力と判断力が試される過酷な環境下、青木晋平選手らとペアを組み、国内外のツアートーナメントで数々の好成績を収めました。
ビーチバレーで培った卓越した体幹バランスと幅広い対応力は、彼のプレーにさらなる深みをもたらしました。そして2014年、国内屈指の強豪パナソニックパンサーズへ入団し、5年ぶりとなるインドア復帰を果たします。
インドア復帰直後、その並外れたパフォーマンスが評価され、バレーボール男子日本代表(龍神NIPPON)へ初選出。ワールドリーグなどの国際舞台で日の丸を胸に戦い、インドアとビーチの双方でトップレベルに到達した極めて稀有な「ハイブリッド・アスリート」としてバレー史に足跡を残しました。