空前の大ヒットの裏で、当時18歳の大場久美子が置かれていた撮影現場の過酷さは凄まじいものでした。週1回放送の特撮ドラマを1年3カ月・全68話にわたって維持するため、ロケ撮影とスタジオ収録は連日早朝から深夜にまで及びました。
当時、大場久美子は歌番組、雑誌のグラビア取材、CM撮影、コンサートツアーなどを並行して抱えており、1日の睡眠時間がわずか2〜3時間、移動中の車内や仮眠室でしか体を休められない極限状態が日常化していました。さらに、冬場の屋外ロケでもノースリーブに近いミニ丈の衣装でバトンアクションをこなさねばならず、寒さと疲労で倒れそうになる瞬間が何度もあったと後に明かされています。
こうした身体的・精神的な限界が蓄積した結果、ドラマ終了間際の1979年夏、大場久美子は日本武道館での「さよならコンサート」を開催し、19歳で突然のアイドル歌手引退を宣言します。世間に大きな衝撃を与えた引退劇の真相は、過密スケジュールによる燃え尽きと、「作られたアイドル像から脱却し、一人の表現者・女優として生きていきたい」という強い決意によるものでした。