長嶋正興氏が選んだのは、野球ではなくモータースポーツの世界でした。大学在学中に本格的にレース活動をスタートさせ、入門カテゴリーであるレーシングカートから頭角を現します。「ミスタープロ野球の息子」という巨大な看板は、サーキットにおいては時に色眼鏡で見られる重圧となり得ましたが、正興氏は実力主義の現場で愚直に腕を磨きました。
1990年代半ばから国内トップカテゴリーへとステップアップを果たし、以下のような華々しい戦歴を刻んでいます。
・全日本F3選手権:若手トップドライバーの登竜門で激戦を経験
・フォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ):日本最速を誇る最高峰フォーミュラに参戦
・全日本GT選手権(現SUPER GT):GT300およびGT500クラスで有力チームのステアリングを握り、優勝争いを展開
スポンサー集めからマシンのセッティングまで、自らの足とコミュニケーションで道を切り拓いた姿勢は、当時のレース関係者の間でも高く評価されていました。決して親の名前におごることなく、危険と隣り合わせのサーキットで真摯にタイムを削り続けた本格派ドライバーでした。