昭和の芸能界を駆け抜ける中、二人の関係は常に緊張感に満ちていた。主演級俳優としてのプライド、そして互いの私生活や仕事に対する率直すぎる意見が、時に大きな摩擦を生んだ。特に後年、長門裕之が執筆した手記やインタビューで明かされた家族の内情は、大きな話題と波紋を呼んだ。
津川雅彦は妻・朝丘雪路と共に華やかなスター人生を歩み、自ら映画監督や実業家としても才能を発揮した。一方の長門裕之は、妻・南田洋子とのおしどり夫婦として愛されながらも、病に倒れた妻を介護する凄絶な日々を記録し、大きな共感を呼んだ。生き方も表現スタイルも実に対照的だった。
だが、非難し合い、距離を置く時期があっても、根底にあったのは揺るぎない尊敬と血の絆だ。兄の晩年、津川は静かに兄を支え、表現者としての長門裕之を讃え続けた。愛憎が表裏一体となったこの人間模様こそ、マキノ家という熱き血統ゆえの真実だった。