伊之助の生い立ちを語る上で避けて通れないのが、実の母親である嘴平琴葉(はしびら ことは)の存在です。公式ファンブックや本編の回想によると、琴葉は17歳〜18歳前後の若さで伊之助を出産しました。しかし、彼女を待ち受けていたのは過酷極まる家庭環境でした。
琴葉の夫(伊之助の実父)は日常的に激しい家庭内暴力(DV)を振るっており、さらに姑(夫の母)からも執拗ないじめを受けていました。ある日、夫から殴打され顔が変形するほどの重傷を負わされた琴葉は、まだ赤ん坊だった伊之助を腕に抱き、雪が降る真冬の夜に裸足のまま家を脱出したのです。この壮絶な逃走劇こそが、伊之助の数奇な運命の引き金となりました。
逃走の末、彼女たちが身を寄せたのが新興宗教「万世極楽教」でした。教祖として人々を救う聖人を演じていたのが、他ならぬ上弦の弐・童磨(どうま)です。童磨は美しい琴葉の顔の腫れが引くまで手元に置き、彼女が天寿を全うするまで生かすつもりでしたが、悲劇は突如として訪れます。
勘の鋭い琴葉は、童磨が夜な夜な信者を喰い殺している現場を目撃してしまいます。狂気の真実を知った琴葉は、再び伊之助を抱えて教団から決死の逃走を図りました。しかし、迷い込んだ先は切り立った絶壁の崖でした。
逃げ場を失った琴葉は、我が子だけでも生き延びてほしいという一心で、「ごめんね伊之助…守ってあげられなくて…でも、どうか生きて」と涙ながらに伊之助を崖下の川へと投げ落としました。その直後、琴葉は追いついた童磨の手によって殺害され、骨も残さず喰い尽くされるという最期を遂げたのです。