この街のディープな魅力を語る上で欠かせないのが、中の町社交街の歴史です。1945年の太平洋戦争終結後、米軍基地の門前町(ベースサイドタウン)として爆発的な発展を遂げたコザ市(現・沖縄市)。中の町周辺は、米兵向けのAサインバーが立ち並ぶ中心街「センター通り(現・空港通り)」とは対照的に、地元住民や基地で働く日本人従業員たちの夜の社交場として発展しました。
泡盛と島豆腐をつまみに基地問題や将来を熱く語り合った酒場文化は、今も街の骨格として息づいています。アメリカ文化と琉球文化、そして戦後昭和の哀愁がチャンプルー(混ざり合い)された独特の空気感こそが、他のリゾート地や那覇の歓楽街にはない唯一無二の求心力となっています。