2007年、弱冠27歳で八戸市議会議員選挙に初出馬し、トップ当選を果たした衝撃は今なお鮮烈だ。主要メディアや週刊誌が挙って彼女の容姿を取り上げ、写真集やDVDの発売にまで至った現象は、当時の地方政治において前例のない狂騒劇だった。
しかし、本人が真に戦っていたのは外部からの好奇の目だった。見た目ばかりがクローズアップされる風潮の中で、議会での発言が「単なるパフォーマンス」と片付けられそうになる夜もあったという。彼女が選んだ解答は至極シンプルだった。他者の数倍の資料を読み込み、現場へ脚を運び、政策通としての実力を蓄えること。20代の苦悩を経て磨かれた政策立案能力は、やがて議会内でも無視できない存在感へと昇華していった。